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<こちらは竹久夢二版画屋さんです>





当店は、<日本橋・港屋さん>(夢二御奥様創業)取扱店です。
版画・雑貨・小物全て港屋さんより直仕入れとなっております。




夢二 若草の少女
手摺り木版画
<高級額縁付・版元シール付>
画寸18.8×17.8p
額寸33.0×27.0p
価格18900円
版元(株)港屋・送料込
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竹久夢二 (たけひさ ゆめじ)

明治十七年〜昭和九年(1884〜1934)

岡山県の南東、邑(おく)郡本庄村に生まれる。本名竹久茂次郎。父・菊蔵は造り酒屋をいとなむ。
現在、生家は夢二郷土美術館分館となっている。
子どもの頃より絵に魅かれた夢二は、神戸中学に進み、エキゾチシズムの洗礼をうける。
しかし、父の事業欲により一家は九州に移住するも
、 夢二は家出をし上京、画家を志望する。父の反対で早稲田実業入学。
キリスト教者や幸徳秋水ら社会学者と交わる。
時に夢二十九歳。一方、生活のために絵ハガキ製作をはじめ、
二十三歳の時、早稲田鶴巻町で絵ハガキ店を開いた未亡人、
岸たまきと出蓬い、結ばれる。彼女をモデルとして“夢二式"美女を描き、人気作家となる。
二年後に離婚。 その後たまきと「港屋」を開店するが、画学生笠井彦乃との悲運の恋燃え上がる。
彦野は大正九年に病死。お葉、山田順子など女性遍歴は続く。
大正十二年の大震災による受難期をくぐりぬけ、昭和六年に渡米。
しかし、数回の個展を開くも成果を上げられず。続いてドイツ、イタリァなどを旅する。
昭和八年、病で帰国。その後の台湾旅行の後、病状悪化。
翌年、信州富士見高原療養所で永眠。
諡名、竹久亭夢生楽園居士。雑司ヶ谷墓地の夢二の墓には
、 有島生馬の筆になる碑文「竹久夢二を埋む」が彫られている。


 

 



夢二の作品のなかの代表作品です

夢二 版画黒船屋  
黒船屋
手摺り木版画
<高級額縁付・版元シール付>
画寸69.7×27.0p
額寸91.0×48.5p
価格336000円
版元(株)港屋・送料込
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夢二の作品には、大好きでした椿がたくさん描かれております

夢二 版画  椿

手摺り木版画
高級額縁付・版元シール付
画寸35.0×17.0p
額寸51.5×36.4p
価格63000円・版元(株)港屋
←お買い物 送料込み

  • 竹久夢二 憂いのあるスタイルで女性を描き一生風靡した天才画家
    今も多くの人々に愛さてます。






  • 夢二は多くの女性に今も昔も愛されてます。




    夢二デザインの椿の花が印刷された、かわいい急須と湯のみのセットです。

    夢二 ティーポット  

    【セット内容】
    急須〔1個〕
    湯のみ〔5個〕
    木製茶たく〔5個〕
    価格10000円・(株)港屋
    ←お買い物 送料込み
    完売しました



    (株)港屋・港屋絵草紙店


    大正3年10月1日、日本橋に開店した趣味の店港屋はすべて夢二のデザインした
    ものが店頭に並べられました。
    開店の案内状には”港屋は、いきな木版絵や、かわいい石版画やカードや、絵本や、
    詩集やその他日本の娘さんたちに向きそうな絵日傘や、人形や、千代紙や半襟など
    を商う店でございます”とあります。
    この絵入りの封筒、祝儀袋、風呂敷など夢二が日常生活を豊かに美化するために描
    き作らせた小物が多数揃えられました。
    当時の港屋は、東京でも名物の一つで人気を集め、その品々を身につけるのはこの
    上ない趣味とされことに若い女性の憧れの的となりました。
    今も東京、日本橋に夢二の小物を揃えてます(株)港屋・港屋絵草紙店があります。

    *kintotoは港屋さん、正規取り扱い販売店です。
    当店販売の夢二版画、夢二商品全て、港屋さんからの直仕入れとなっております。



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